特定社会保険労務士 ふるかわ事務所 代表 古川武人

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新着情報

2019年05月27日(月)

70歳までの就業機会確保のための法整備を提起/未来投資会議

政府は5月15日、「第27回未来投資会議」を開催しました。

議題の一つは、70歳までの就業機会確保のため、定年廃止、70歳までの定年延長、個人の起業支援や社会活動支援など法制度上で企業が採りうる選択肢を従来の3つに加え以下の7つに拡大し、70歳までの雇用確保を努力義務化するというものです。

①定年の廃止

②定年年齢の引き上げ

③継続雇用制度導入(グループ企業内を含む)

以上は従来からの選択肢

④グループ企業以外への再就職実現

⑤フリーランス契約を支援

⑥起業実現を支援

⑦社会貢献活動への従事を支援

労使との十分な話し合いのうえで企業は多様な選択肢の中から採用する措置を提示し、個々の高齢者との相談を経て適用します。

法案は、2020年の通常国会への提出を目指しています。

詳細は以下URLの資料をご確認ください。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai27/index.html

 

現在、高年齢者が少なくとも年金支給開始年齢までは意欲と能力に応じて働き続けられる環境の整備を目的として2013年4月改正施行された高年齢者雇用安定法により65歳までの雇用機会の確保(「高年齢者雇用確保措置」という。)が義務づけられています(一定の要件を満たすことによる経過措置を適用中)。

これらを推進するための事業主支援策として、①高年齢者雇用に関する助成金、②(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構による支援、③高年齢雇用継続給付の支給が行われています。

 

高年齢者雇用安定法は1986年に施行されました。

当時の定年は55歳とする企業も少なくなかったのですが、1983年には60歳以上定年の企業の割合が50%を超えました。そして60歳定年は同法により1986年に努力義務化され、1998年(平成10年)の改正施行により60歳を下回る定年が禁止されました。

それから約20年の時を経て、70歳までの雇用確保の努力義務が求められようとしています。

 

この間、60歳時の平均余命は平成10年簡易生命表による男20.99年(80.99歳)、女26.37年(86.37歳)から直近の平成29年簡易生命表では男23.72年(83.72歳)、女28.97年(88.97歳)と男2.73年、女2.6年延びています。また、スポーツ庁の調査(平成29年度体力・運動調査結果の概要及び報告書)によると高齢者の体力・運動能力は一部の種目を除き上昇傾向にあります。

・平成29年度体力・運動調査結果の概要及び報告書URL

http://www.mext.go.jp/prev_sports/comp/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2018/10/09/1409885_1.pdf

 

日本では高齢者の就業意欲が高く、この意欲の高さと少子高齢化による労働力不足、社会保障給付費(年金・医療・福祉その他の総額)増大への一つの取り組みとして、70歳までの雇用確保が取り上げられたと思われます。

日本の高齢者の就業意欲は諸外国と比較しても高く、その理由は経済的な理由であったり、健康を維持するためであったり、働くことを美徳とする精神性であったりなどと思われます。

 

高齢者が実際に働くためには「体力」、「気力」、「知力」の充実が必要です。「働きたい」という気力は、身体が健康であるという「体力」があるからこそ生まれ、逆に「気力」が失せると「体力」にも影響を及ぼします。体力・気力の充実した人は、職場で活躍するために長年培った経験や知識を発揮する「知力」もあります。

しかし、多くの高齢者が体力・気力・知力のバランスを崩していくのは、中高齢期という固定観念に囚われた処遇によることが多いと考えられます。高齢者の働き方やノウハウが企業の労働生産性を向上させる術となるように中高齢期からどのように処遇していくのか、キャリアデザインをどのようにサポートしていくのか、それぞれの企業の実情に合わせて検討していく必要があります。

 

また、雇用期間が延びることによって従来の新卒一括採用から60歳定年をベースとした年功賃金プロフィール(賃金カーブ)をどのように再構築するかは、企業にとって重要なテーマと考えられます。

労働経済学の分野では、年功賃金を説明する理論は多くありますが、代表的なものはベッカーの人的資本論、ラジアーの契約の理論や生活給理論です。

ベッカーの人的資本論では、人間は教育や訓練によってその仕事能力(限界生産力)を向上させうるものだというのがその基本的な考え方ですが、教育や訓練の結果,仕事能力が向上するに従って賃金も上昇していくことから年功賃金が観察されることになります。 この仕事能力を向上させる教育・訓練を,「投資」と捉えることで,一般的に企業と労働者はその投資費用を分担し,また投資収益も分け合います。教育や訓練を受けている間は,そうでない場合に比べて安い賃金で働くことで個人はその費用の一部を負担するかわり,能力が向上すれば,教育・訓練を受けなかった場合よりも高い賃金を受け取ります。企業も教育・ 訓練に要した費用の一部を負担しますが,その従業員に教育・訓練によって高まった仕事能力よりも安い(教育・訓練をしなかった場合よりは高い)賃金を払うことで投資収益を回収することになります。

 

ラジアーの契約の理論では、個人が雇用期間の前半ではそのときの仕事能力(限界生産力)よりも低い賃金を受け取ることで企業に「預託金」を積み,雇用期間の後半に高い賃金を受け取ることでそれを引き出して,定年のときにちょうど企業への貢献総量と賃金の支払い総額をバランスさせるというかたちの暗黙的な契約が結ばれ ているとします。このような賃金の支払い方は,従業員がもし勤務不良などによって定年以前に解雇されてしまうと,預けた預金を完全には引き出せなくなってしまうので,一生懸命働くようになるというものです。ラジアーのこの理論は,こうした年功賃金が貢献と賃金の収支バランスを合わせる点として定年退職制度を必要とすることの説明として日本で一般的に受け入れられているものです。

 

生活給理論は、戦後の日本ではいわゆる生活給というかたちで,労働者の生活費を年功賃金の実務上の根拠としてきた歴史がありました。労働者個人やその家族の生計費を積み上げ,それが世帯主の年齢とともに上昇することから,それにあわせて賃金を上昇させていくという制度で,これが年功賃金としての考え方を形成しました。この生活給の理論は労働者個人との関係だけでなく,世帯主である労働者と家族の生活まで視野に入れている点から実感として分かりやすい理論です。(以上の3つの理論の解説は清家篤の「年功賃金はどうなるか」による)

 

日本の新卒一括採用された労働者が60歳定年まで年功賃金を適用された場合の生涯賃金はどれくらいでしょうか。

ユースフル労働統計2018によると、新卒後フルタイムの正社員の60歳までの生涯賃金は、男性は中学卒2億円、高校卒2億1千万円、高専・短大卒2億1千万円、大学・大学院卒2億7千万円、女性は中学卒1億4千万円、高校卒1億5千万円、高専・短大卒1億8千万円、大学・大学院卒2億2千万円となります。

企業規模別では、規模が大きくなるほど多くなり、例えば、男性大学・大学院卒の場合、1,000人以上では3億1千万円にまで達するのに対し、企業規模10~99人では2億円と、1億円強の開きがみられます。

この60歳までの年功賃金による生涯賃金をベースに現在多くの企業では各年齢または勤続年数による賃金カーブの形状を意識した賃金水準を決定されている場合が多いと思われます。

 

それでは60歳定年後の賃金は、どう考えるべきでしょうか。

先に解説したベッカーの人的資本論、ラジアーの契約の理論や生活給理論による60歳までの年功賃金と異なり、高齢者は年功賃金を卒業した一定の知見と能力を有するプロフェッショナルとして職務内容に応じた市場価値による賃金設定を考えてみるのも一つの方法です。市場価値による賃金の検証は、厚生労働省が行った「賃金構造基本統計調査」の調査結果データを利用することができます。

現在、60歳以上の高齢者の賃金は、特別支給の老齢厚生年金と高年齢雇用継続給付が支給されることを前提とした一律一定額の賃金が多いのではないでしょうか。そして、仕事の成果に対する評価がない、もしくは評価があってもその結果が賃金に反映されないようでは彼らによる労働生産性の向上は望めないと思われます。

特別支給の老齢厚生年金は段階的な廃止が決まっており、高年齢雇用継続給付もその在り方についての再検証がされていますので、これらに依存しない賃金制度の検討が必要です。

 

70歳までの雇用確保という新たな課題により、従来の年功賃金、終身雇用、能力主義の在り方や同一労働同一賃金との関係をどのように賃金に反映していくか、企業の将来のあるべき姿を模索しながらの検討になるものと思われます。

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